25/11/16主日朝礼拝説教@高知東教会
マタイによる福音書22章1-14節、詩編25篇12-14節
「ハイリスクな信頼関係」
この譬えは二重の意味で難しい御言葉です。一つは厳しい言葉が出てくるので気持ちとして受け入れるのが難しい。二つ目は御言葉の背景にある旧約聖書の知識が無いと、そう、それ!と結びつかないので難しい。その代表が「選ばれる」あるいは「選ばれている人」でしょう。招きの話はイエス様しゆうけど、選び?どっから来た?と結びつかない。その選びを説き明かすために、のろけでなく申しますが、結婚の時に妻から、私が幸生君を選んだと言われ、私は内心ムッとしました。それは自分が選ばれているのは当たり前と無意識に上から思っていたからでしょう。
この譬えは、選ばれた人が主役ではない「天の国」の譬えです。国の直訳は支配。「王子」御子イエス様が成し遂げられる神様の救いのご支配。その「国王」が天の父ですので、これは、天の父の!ご支配の話です。
そのご支配を世界に証しするため「選ばれた」のが、イスラエルの民。なのにこの後、父の御子を十字架で殺してしまう。その御子を天の父は復活させて、さあ、あなたがたの身代わりに罪を背負って裁かれ死んだ御子、あなたの救い主と結ばれて!神の家族になる婚宴に皆来なさいと、皆!招かれている。誰もが!それがこの譬えの第一の急所です。花嫁について言われない、かなり開かれた譬えであるのは、その故でしょう。
その招きに、先ず招かれていたのがイスラエルの民だったのに、何で、父のご支配を証しするために選ばれていた人々が、その救いのご支配を、まるで無視して、父のご支配は自分と関係ないと、自分のしたいことに支配されて、父から招かれている祝いに行かんのか。でも自分は選ばれていると感じるなら、何がその選びを保証するのか。どこに自分は父に選ばれていると保証するものがあるのか。だって神様が、と思っているなら、それは自分でそういう神だと思っているからという保証以外ではないのではないか。ここでイエス様が言われるのは、確かに!あなたは救いへと招かれている!それは間違いない!わたしが死ぬほど、本当に父からあなたは救いへと赦しへと神様と結ばれる婚宴の喜びへと招かれている!でも選ばれている?それは無意識に決まることではなく、父がお決めになる関係ではないのか?もし選ばれているのなら、父の招きに対し、無視するだろうか?だけど、もし!自分は返事をしてないと神様に畏れを感じるなら、本当の神様を求め知りなさい。我らの父の気持ちを、どんな神様であられるかを、どうか本当に知って信頼して欲しいと。選ばれているかどうかは、父が決めることであって自分ではない。でも父を知ったら、その父への信頼から、初めて安心できるからと。その父との信頼関係が保証だと。選びを自分から引き離して父に返して、父を信頼するため!父の御名があがめられる信頼関係を回復させようとして語られるのが、この御言葉です。
そこで改めて、父から選ばれることの実際、選ぶ父はどんな父であるのかを少しガッツリ読みます。旧約聖書292頁下、申命記7章6節以下をお開き下さい「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。」十戒!と唱和したい気持ちを抑えつつ(笑)、でも、だから十戒が教える父との信頼関係に、はい、父よと歩むのです。もし父を無視して自分自分になって、宝である自分を汚しても、なお!黙り込まないで、ごめんなさいと言えば良い。譬えでも、父は、婚礼服を着てない、自分で忍び込んだ、え、信頼できるが?という人にさえ!「友よ」と、あなたには問題があるということも誠実に示される。もし、この人が、ごめんなさいと、応答をしておったなら、きっと、良かった、あなたはわたしの求めに向き合ってくれたと赦してくれたに違いない。最初に招かれた人たちは誰も応えてさえくれない、向き合ってくれない。ならあなたは、あなたの父の招きに、応えているかと、主は命の重みをかけて私たちに求められるのです。父が命を与えられ愛される全ての人の本当に父であればこそ!厳しく怒りもされる。神様であられればこそ、命には命をと、譬えの中で神様の正義の報いを正しく執行をなさいます。父を無視して天の支配に入ろうとする人には、もう自分では本当に入れなくなると畏れを伴って知るため、手足を縛るという強調までされます。父のご支配の外は泣いて後悔する闇だろうと。だから御子の死によって全ての罪の償いを成し遂げられた、父の赦しのご支配に入って生きよう、招きに、父に!応えようと婚礼の王子が保証されるのです。父があなたに求めている招きの「ふさわしさ」は、父の求めを無視せずに、救いのご支配を一緒に祝うことだ、友よと、婚礼の祝いの主が言われるのです。